2025年を振り返る
2025年はプライベートでは住宅購入と妻が留学でイギリスに旅立ったことが大きなイベントでした。仕事の面では昨年は研究をしていた時間が長かったですが、2025年は研究で培った技術を実際の開発の現場で使ってもらうという側面が強かったです。これは2025年の目標として個人的に掲げていたものでもあったので満足のいく結果となりました。
家を買った
数年前から目をつけていた中古の物件がたまたま空きが出ていたので思い切って申し込んでみたら購入することができました。とは言いつつも、売買契約自体は3月末に行ったものの実際の引き渡しは次の2月末なのでまだ入居はしていません。来年の初めの3ヶ月は引っ越し周りで少し忙しくなりそうです。
妻の留学
昨年末ごろに決まっていたことですが、妻がオックスフォード大学のMBAで一年留学することになっていました。2025年9月から2026年9月までの一年間になります。それに伴い少しずつ準備を進めていきました。自分の方ではあまり準備をすることはありませんでしたが、いくつか対応事項をこなしたり、思い出作りに小旅行に行ったりしました。8月頭に会社の方でMIRUに参加したのですがそれと繋げて休暇を取り、京都と徳島の観光をしました。
徳島では大塚国際美術館に行ったのですが、世界のさまざまな美術品のレプリカを見ることができて面白かったです。
9月に妻がイギリスに行った後は久々の一人暮らしになりましたが、休日の時間の使い方と食生活が大きく変わりました。元々二人ともインドア派なのであまり外に出かけることはなかったのですが、一人だとますます休日に篭りがちになりました。また食生活の面で言うと外食にはほとんど行かなくなってしまいました。
これを書いている今はちょうど妻に会いにイギリスに来てその足でヨーロッパを旅行している最中になります。妻の留学生活はかなり順調のようで友達と楽しくやっているようです。

仕事
今年は個人的なテーマとして「研究で培った技術をE2E自動運転開発に役立てる」というものを掲げていました。昨年の仕事はかなり研究によっていて、会社のメイン事業のE2E自動運転開発からは少し遠い位置だったのですが、今年はその距離を近づけたいと思っていました。
そこで昨年研究していた「世界モデル」というものを自動運転システムの評価に使えるシミュレータとして使えないかと去年の今頃は考えていました。この世界モデルというものは自動運転の文脈だと「アクションで条件付け可能な動画生成モデル」を指すことが多いです。
しかし、シミュレータとしての利用を考えると「映像の生成・合成をするモデル」と「世界の状態の発展を予測するモデル」を完全に切り離してしまった方が都合がいいという考えにいたり、映像の合成をする部分について3D Gaussian Splattingという技術を使うことを目指し2月の頭くらいから取り組んでいました。
この技術については上の動画などで自分が語っています。この技術を使って例えば下のようなドライビングシミュレータを作ったりしました。

この3D Gaussian Splattingと車体の挙動シミュレータを組み合わせて自動運転システムの評価や強化学習に使えるシミュレーションシステムを作ることができました。今ではこのシミュレータ上でさまざまなモデルの評価が行われるようになっているほか、このシミュレータ上で強化学習を行った自動運転モデルが実際に公道で走行試験を行うようにもなっています。
2026年に向けて
仕事の面では、今年作ってきたシミュレータの完成度をさらに高めていき、シミュレータ自体が会社の競争力の一部となるようにしていきたいと考えています。プライベートでいうと、そろそろ健康に投資をしないといけないという気持ちが高まってきているので来年は運動をするような習慣をつけたいと考えています。あとは、3月に引っ越しがあるのでちゃんと滞りなく行ない、9月に妻が帰国する際にきちんと迎え入れられるようにしたいと思います。
2024年を振り返る
久しぶりの投稿になってしまいましたが、2024年は色々と面白い年だったので振り返りを書き残してみようと思います。
1月 - 3月初旬
主に転職の準備をしていました。チューリングの内定承諾をしたのは前年の12月半ばで、実際の入社は4月なのでこの辺りの期間は仕事の方は引き継ぎをしつつ、有休消化期間での旅行について色々計画を練っていました。仕事の方でやっていたことで外に記録が残っているものだと、日本語CLIPの公開やatmaCupの振り返り会の開催などがありました。
3月初旬 - 3月下旬
有休消化期間を使ってヨーロッパ周辺を巡る旅行をしていました。プラハ、ブダペスト、ローマ、バルセロナ、マラケシュ、パリに行きました。いろいろと楽しかったのですが、各都市一個ずつくらいでエピソードを書いてみます。
プラハ
ミラーチャペルというところでやっているコンサートがとても素晴らしかったです。本職のオーケストラの人たちがやっているコンサートらしく演奏もとても良かったですし、鏡の間も綺麗でした。

ブダペスト
ブダペストはやはり夜景が素晴らしかったです。今回は有名な鎖橋のすぐそばにあるHotel Clark Budapestという5つ星ホテルに泊まったのですがロケーションもホテルからの眺めも最高でした。

ローマ
ローマは街のあちらこちらに遺跡があり、ご飯もとても美味しく色々と楽しい街でしたが、一番思い出深いのはパンテオンです。パンテオンは古代ローマ人によって建てられたコンクリート製の神殿ですが、2000年も昔にこれを作ったのか!?という気持ちが見た瞬間に溢れてきました。また訪れたい場所の一つです。

バルセロナ
バルセロナといえばサグラダ・ファミリアやカサ・バトリョなどのガウディ建築が有名ですが、生ハム好きの僕としてはボケリア市場での買い喰いが一番思い出深いです。バルセロナはご飯がとても美味しく、ここで地中海料理という料理のジャンルがとても好きになりました。

マラケシュ
今回のマラケシュ観光で、人生で初めてアフリカ大陸に降り立ったのですが見るもの全てが新鮮でとても楽しかったです。一番思い出深いのは、世界遺産アイット・ベン・ハドゥへ行ったことでしょうか?グラディエーターやゲームオブスローンズのロケ地として有名な場所ですが、小高い丘の頂上付近で砂混じりの風に吹かれて砂まみれになって砂漠に来た実感が持てて楽しかったです。

パリ
パリでの思い出はベタですが、ルーブル美術館でしょうか。モナリザやサモトラケのニケ、ミロのヴィーナス、ハンムラビ法典など有名な美術作品が見られてとても面白かったです。
4月
チューリングに入社しました。大企業から小企業へ、フルリモートの会社からフル出社の会社へ、と変化の大きい転職でしたが多くの部分でいい変化がありました。

転職を決めたきっかけは基盤モデルの社会実装をしたくなったからなのですが、入社してすぐに動画生成を利用して自動運転のシミュレータを作る試みを任せていただくことができ、まさしくやりたかったことができています。他にも通勤で毎日歩くようになりだいぶ健康的になりました。給料も1.3倍くらいになりました。
5月
夫婦で気に入っているスペイン料理レストランの小笠原伯爵邸で結婚式を挙げました。家族のみの小さな式でしたが、レストランの方からもいろいろとサポートをしていただきいい式をあげることができました。

6月 - 7月
コンピュータビジョンの国際会議 IEEE/CVF WACV2025に投稿する論文を書いていました。この時に書いた論文は無事に採択されることになりました。
また、7月の下旬にはリクルートの同期と一緒に富士登山をしました。朝4時に富士山の麓を出発し、夕方には下山するというスケジュールでしたが体力的にかなりハードでした。

8月
Google Cloud Next Tokyo登壇やチューリングに入社して4ヶ月取り組んでいた動画生成AI(世界モデル) Terraのプレスリリースなどそれまでの仕事の取り組みを対外的に発表することが増えた月でした。また、熊本で開催されたMIRU2024に参加しました。

Turingに入社して4ヶ月取り組んできた世界モデル開発の取り組みが公開されました!
— Hidehisa Arai (@kaggle_araisan) 2024年8月14日
Turing、実は自動運転への応用に向けて動画生成もやってます!https://t.co/fzWD5jk83phttps://t.co/dkEhOksQdc pic.twitter.com/tqNdrDV4A5
また、8月は父方の祖母が亡くなりその葬儀もありました。
9月
YANS2024で登壇をし、チューリングの生成AI関連の取り組みについて話しました。
10月 - 11月中旬
コンピュータビジョンのトップ国際会議 IEEE/CVF CVPR2025に投稿する論文を書いていました。途中から、CVPRの採択経験もある方がチューリングに入社してかなりサポートをしていただきましたが、その過程で論文の書き方について色々と学ぶことができました。
また、チューリングのデータを使ってatmaCupを開催しました。
11月下旬
ナポリとロンドン(+ケンブリッジ)に旅行に行きました。この旅行でもたくさん楽しいことがあったので色々書こうと思えば書けるのですが、あまり書きすぎても長くなってしまうので各都市で一つずつ思い出深いエピソードを書きます。
ナポリ
ナポリのすぐ南にある古代ローマの都市ポンペイ遺跡に訪問したことが一番思い出深いです。ポンペイ遺跡といえば、約2000年前にヴェズビオ山の噴火で一夜にして滅びた都市として有名ですが、火山灰に埋もれていたことでかつての様子をそのまま保存していて考古学的にとても貴重な資料を色々見つけることができたのだとか。カモメの鳴く寒空の中のポンペイ散策にノスタルジーを感じました。

ちなみにこの時ちょうどロストバゲージ状態だったので観光をしながらも不安な気持ちでいっぱいでした。
ロンドン
ロンドン(+ケンブリッジ)ではケンブリッジ大学の友人を訪問したり、ハリポタのスタジオツアーやBack to the futureのミュージカル鑑賞に行ったりと色々と楽しいことがあったのですが、一番思い出深いのはチューリングが背中を追っている英国の自動運転企業Wayveのオフィスをこっそり見に行ったことです。たまたま泊まっていたホテルがオフィスに近かったのでこっそり見に行きましたがデータ収集のための車がひっきりなしに出入りしていてなんだか物々しい雰囲気だったので、時差ボケで朝早くに起きてしまうのを利用して翌朝6時に再度見に行ってオフィスの外観を撮りまくりました。

12月
8月にプレスリリースを出していた世界モデルTerraの公開と、10 - 11月に論文を書いていたACT-Benchの公開を行いました。また、atmaCupの振り返り会なども開催しました。
2025年に向けて
2025年は個人的にはかなりアツい年になりそうです。
仕事
チューリングは2025年12月までに東京都内で30分間の自動運転を実施するTokyo30プロジェクトを行なっており、ここにかなりのリソースが割かれています。一方で僕の仕事は、Tokyo30が成功すると信じた上で、その先のチューリングの発展に役立つ技術を作ることになります。2025年はその仕事を通じて、「これはすごい」と思ってもらえるような技術の開発をしていきたいと思います。
研究活動についても、今年は2件国際学会への投稿を目指して論文執筆を行いましたが、来年はもっと増やしていきたいと考えています。
その他
妻が9月からイギリスで1年間留学することが決まったので、来年の後半は日本で留守番をすることになっていますが、せっかくなので遊びにいきたいと考えています。どうせなら9月よりも前に別のところにもいきたいですね。
ハネムーンでバリ島のリゾートホテルに泊まってきた
ハネムーン企画
入籍してしばらく経った2022年の12月半ばごろにハネムーンの企画を夫婦で行った。
コンセプトは「リゾートホテルでダラダラすること」。大学生の頃に家族旅行でプーケットを訪れたときのリゾートホテル体験がとても良かったので、それをまた体験したくなったという理由だ。 企画を夫婦で行ったと書いたけれど、実際には気がついたら妻が旅行先やホテルの候補選定、日程調整や航空券の手配などを済ませてくれていて、後は意思決定さえすれば旅程が確定するようになっていた。さすが外コンのマネージャー、とても頼りになります。
ホテル選びは、
- バリ島のNusa Duaエリアにあるリゾートであること
- All Inclusiveのプランがあること
で絞り込み、その中でサービスや価格設定で比較をした。最終的には、毎日アクティビティがひとつ選べる一方で、インドネシア資本なので価格設定が良心的な、Samabe Bali Suites & Villasでハネムーンスイートを予約することになった。
SamabeではAll Inclusiveプランの中に、1日1つシグネチャーアクティビティと呼ばれる遊び体験をできる。たとえば、
- 60分のマッサージ
- カタマラン(双胴船)でのピクニック
- ラクダ乗り体験
などがアクティビティには含まれる。
時期的には、GWの少し前から休みをとってGW中に帰ってくるような日程にすることになった。GWより少し前に出発することで航空券を安くすることができたり、混雑を避けられたりできる。帰りもGW中なので、万が一体調を崩したとしてもGW中にゆっくり回復できる。
1日目 - 到着 ~ Uruwatu寺院へ
4/26日の真夜中の便で羽田から出発して、クアラルンプールでトランジットし、バリ島へ向かった。デンパサール国際空港着は現地時間で12時ごろ。時差は1時間なので、全部で13時間ほど移動にかけたことになる。
空港でSamabeの人にピックアップしてもらい、30分ほど車で移動してSamabeに到着した。写真を撮り損ねてしまったが、道中のあちこちにヒンドゥー教の神様の像があって面白かった。

ロビーでチェックインを済ませた後は、バギーを使って部屋まで運んでもらった。


部屋はオーシャンビューで、広い風呂がついていたり、ミニバーがついていたりと快適に過ごせる工夫があちこちにあった。
部屋を一通り見て回った後は、部屋にランチを運んでもらった。All Inclusiveのサービスの中に、24時間いつでも要望をホテルに伝えることができるe-Butlerというものがあり、それを使って食べたいメニューを伝えると30分ほどで運ばれてきた。もちろんこれもAll Inclusiveに含まれているので値段も気にすることがない。

その後、初日のシグネチャーアクティビティとして、Uruwatu寺院で夕日を眺めるツアーに行った。ホテルが手配した車で1時間弱ほどでUruwatu寺院に着き、同じくハネムーンで来ていたアメリカ人夫婦と一緒にUruwatu寺院を巡った。


Uruwatu寺院は崖っぷちにあるため、崖からの景色がとても良かった。

多くの観光客が見に来ていてとても賑わっていたが、食料品と交換する目的で観光客から帽子やスマホ、メガネなどを奪うサルが寺院の敷地のあちこちを徘徊していて常時警戒をしている必要があった。

残念ながら夕日を見る前に雨が降ってきて避難したため、夕日を見ることはできなかったがあちこちでサルの様子を観察できて面白い体験だった。
初日はフライト後でとても疲れていたので、Uruwatu寺院から帰ったあと、All Inclusiveに含まれないマッサージを受けた。マッサージはBalinese, Swedish, Japaneseなどいくつかの種類から選べるものだったが、オイルを使うBalineseマッサージをお願いした。

その後、ホテルのレストラン "Rempah Rempah"で夕食をとった。Rempah Rempahではステーキやロブスターなど一般的なレストランでも出るようなメニューから、nasi gorengなどの現地料理まで様々なメニューがあった。昼間に食べたmi gorengがとんでもない量だったことから2人でそれぞれひとつずつメインの料理を注文すると食べられなくなりそうだと察して、メインディッシュ一つとサイドディッシュ一つ程度に済ませておいた。



2日目 - Wedding photo撮影
2日目はWedding photoの撮影が朝の9:30に入っていたので、朝の7時に起きて朝食をとった。朝食はビュッフェと注文して作ってもらえるアラカルトメニューの両方があった。



その後、迎えにきた現地フォトグラファーの人に連れられて車で5分ほどのGegar Beachに行きWedding photoの撮影をして貰った。



こんな感じの写真を1時間ほどかけて何枚もとってもらった。
この日はそのあと13:00からシグネチャーアクティビティのカタマラン(双胴船)ピクニックの予定が入っていたので、その後はしばらくプールサイドでダラダラしていた。プールサイドでもe-Butlerを通じて食べ物や飲み物を頼めるようになっていたり、ちょっとしたバーカウンターがあったりしてとても過ごしやすい場所だった。


その日は風があまり吹かなかったのでカタマランピクニックはキャンセルになってしまった。その分のシグネチャーアクティビティは別日にフットマッサージをやってもらうように変更してもらい、その日はその後ビーチに移動して、シュノーケリングやカヤック乗りを楽しんだ。
3日目 - Tulanbenでダイビング
3日目はホテルの外に出てダイビングに行く予定があったので、朝の5:30に起きて体験ダイビングのお店の人にピックアップしてもらった。朝食はホテルに頼んでお弁当を用意してもらい、ダイビングポイントに移動する道中で食べた。
ダイビングポイントはバリ島北東部のTulanbenというところで、ホテルは島の南端にあったため3時間ほど車で移動をすることになった。

Tulanbenはダイバーの間では世界的に有名なダイビングポイントということで、多くのダイバーが集まっていた。第二次世界大戦の時に日本軍の魚雷攻撃を受けたアメリカの輸送船リバティ号が岸からすぐのところに沈没しており魚の住処になっているためとても見応えがある場所だった。



途中で、自分の背負っていた酸素ボンベがエア切れになり、ガイドさんの副レギュレータを使うことになるというヒヤリハット体験もあった。後で聞いた話だが、ダイビングのライセンスを取る際にはエア切れを起こしたときのプロトコルというのもあるらしく、今回はまさにそれを使うことになったということだった。ダイビングは4回目だったが、残圧の確認など基本的なことをちゃんと知っておかないといつか事故に遭いかねないと感じ、ライセンスをちゃんと取ろうと思い立った。

ダイビングはお昼過ぎに終え、Tulanbenのレストランで食事をとった後、同じ道を辿ってホテルまで戻り、夕食をとった。その後、またシグネチャーアクティビティでBalineseマッサージを受けて、ホテルについているバーに立ち寄った。


4日目 - プールサイドでダラダラ ~ Cave dinner
4日目は夜までは特に大きな予定もなかったので朝からプールに行って泳いだり、プールサイドで本を読んだりしていた。途中で2日目のシグネチャーアクティビティの代わりに予約していたフットマッサージをプールサイドでやってもらった。

その後、プールサイドでアフタヌーンティーを注文した頃に雨がポツポツと降り始めたので、プール脇のバーカウンターに移動した。


この日は夜にシグネチャーアクティビティでCave dinnerというものを予約していた。Samabeが所有するプライベートビーチにちょっとした洞窟があり、その中でディナーを食べられるというサービスだった。

ディナーはコースになっており、スープや前菜、メインはいくつかのオプションから選べるようになっていた。メインでは肉も魚介も楽しみたかったので、ロブスターとステーキのプレートを頼んだ。

デザートにはもち米にマンゴーシロップがかかったものが出てきた。なかなか日本では味わうことがない味だったがとても美味しかった。

5日目 - ラクダ乗り体験とKoral restaurant
5日目も午後にシグネチャーアクティビティでラクダ乗り体験があること以外は特に予定がなかったのでプールサイドでダラダラとしていた。そろそろホテルのレストランにも飽きてきたところなので、e-Butlerを通じてふたつ隣のホテル "The Apurva Kempinski"の中にある水槽の中のレストラン "Koral Restaurant"を予約した。
ラクダ乗り体験はビーチでできる体験だったのでエレベーターを使ってビーチまで降りた。




その後夜までは適当に過ごし、レストランの予約の時刻が近くなったタイミングでSamabeのバギーを使ってThe Apurva Kempinskiまで運んでもらった。The Apurva Kempinskiはロビーが非常に荘厳な作りになっていて思わず呆気に取られてしまった。

写真からだとわかりづらいがロビーは非常に天井が高く、寺院のような構造物があちこちに立っていた。

また、Kempinskiはロビーが崖の上にあり、そこから階段状にスイートが配置されていて、崖の下にレストランやプールなどが配置されている構造になっていてとても見応えがあった。

Koral Restaurantは崖の下のプールの脇の地下に潜ったところにあり、入るとすぐ魚でいっぱいの水槽が目に入る作りになっていた。

食事はいくつかコースがあり、ワインのペアリングもできるようだったのでペアリング付きのシーフードのコースを頼んだ。味もさることながら、インスタ映えを意識した演出が効いていた。




水槽の整備をするダイバーさんが泳いでサービスショットを撮らせてくれる一幕もあった。


6日目 - Bali collectionでショッピング
6日目は帰国の日だったので朝に最後のシグネチャーアクティビティとしてマッサージを受けて12:00にチェックアウトを済ませ、荷物をホテルに預けてホテルから15分ほどのところにあるBali Collectionというショッピングモールに向かった。
Bali Collectionはフードコートなどもある大きな商業施設だった。まずはお昼にnasi campur (ナシチャンプルー)を食べた。ダイビングのお店の人が言っていたのだが、この「チャンプルー」という言葉は沖縄のチャンプルーと同じ意味らしく言語的に似通う部分があるそうだ。

残念ながらお店の様子は撮り損ねてしまったのだが、バリ島のお土産を売っている様々な店や外資系の企業の免税店などが立ち並んでいた。バリ島のお土産としては、高級コーヒーとして知られるコピ・ルアクや美容系のオイル、香りの良い石鹸、バティック柄の服などがある。
あちこちのお店を見て回り、それらのお土産を買い集めた。

その後一度タクシーでホテルまで帰り、ホテルの送迎用の車で空港まで送ってもらった。タクシーでホテルまで帰る際に軽くトラブったのだが、バリ島のタクシーは基本的に現金しか受け付けないらしく、途中で換金所に寄ってもらう必要があった。
帰りの航空便は19:20にデンパサール国際空港を発ってクアラルンプール経由で成田に朝の7時半ごろに到着するものだった。特にトラブルもなく無事帰国し、成田空港の中の吉野家で朝食を食べたとき、1週間ぶりの日本の味が少し懐かしかった。

6日間を振り返ってみると、とてもリラックスができて良い旅行だった。リゾートホテルで贅のかぎりを尽くした生活を経てお腹はだいぶ出てしまったが、すっかりリフレッシュされて今年も後7ヶ月頑張れる気持ちになった。
PC自作をした話
以前使っていたマシンのGPUが壊れてしまったのでGPUだけ差し替えてみたが、どうやら他の箇所も壊れてしまっていたようで、差し替えてすぐにやはり動かなくなってしまった。
新しく買ったGPUは壊れていないはず、ということでそれ以外のパーツを揃えて新しいGPUマシンを作ることにした。前のマシンもGPU以外の部分は正常に動作しており、スペックもそこそこだったため、廃棄をせずにCPUマシンと使い続けられるというわけだ。
スペック要件の設定
以前のマシンとほぼ同等程度のスペックを維持しつつGPUが使えるマシンを組み上げたかったため、各パーツについてそれぞれ次のようなことを考えた。
- CPU
- GPU
- 既に買っていたのでRTX3090で決定
- メモリ
- 以前のマシンは128GB RAMだった。今回のマシンは同程度あると嬉しいが、GPUマシンはDeep Learning用途に特化させてもいいと考えていたので値段と相談して64GBでもいいと考えていた。
- その他
- 光らないで欲しい。
- Deep Learning用途なのでUbuntuで問題なく、Windowsは不要。
- Wifiモジュールがあると嬉しい
概ねの要件は以下のブログ記事のものと類似していたため、パーツ選びなどにおいてはかなり参考にさせていただいた。
ちなみに検討初期においては上記の要件を満たすマシンをBTOなどで探すことも考えたが、光らない・Windowsの入っていないマシンというのはほぼ見つからず自分で組み上げる以外の選択肢がなかった。性能の良いGPUマシンはどうしても光ってしまうらしい。
パーツ選定
パーツ選びは上記のyagさんの記事を大いに参考にした。
また、パーツの互換性などの問題をチェックしてくれるこちらのサイトも大変役立った。
最終的にはこちらのサイトを用いて決定した構成をTSUKUMO Exの店舗に持って行き、店員さんに確認してもらって購入するパーツを決定した。上記のツールでは排熱や電源、ケース内のスペースなどに問題がないという結果になっていても店員さんに見せるとかなりギリギリなのでこちらの方のパーツを使った方がいいというアドバイスをもらえてだいぶありがたかったので、自作PC初心者の方は最後は実店舗の店員さんに見せてもらうのがいいと思った。
購入したパーツは以下のようになった。
| name | type | price |
|---|---|---|
| Fractal Design Define 7 Black Solid | PCケース | ¥24,480 |
| AMD Ryzen 9 5900X | CPU | ¥60,500 |
| MSI B550 UNIFY-X | マザーボード | ¥31,680 |
| Crucial DDR4-3200 64GB | メモリ | ¥25,380 |
| Western Digital Blue SN570 NVMe SSD 2TB | M.2 SSD | ¥24,300 |
| Thermaltake TOUGH POWER GF1 1000W | 電源 | ¥20,980 |
| Antec Symphony 360 | CPUクーラー | ¥14,980 |
| Termalright TL-B14 140mm Fan | ファン | ¥3,608 |
これとグリスを入れて合わせて208,990円となった。マザーボードなどはより安価なEDGE WIFIのモデルが売り切れだったためやむなく少し値の張るものを買うことになった。また、CPUクーラーは結局光るものを購入することになったが、ライト用の電源を繋がなければ光らないようにできるので妥協した。また、既に購入済みだったGPUも一部が光るのでPCケースの外装がSolidタイプのものにして光を隠せるようにした。
RTX3090はAmazonで¥176,308で購入したもののため、合わせて¥385,298だった。なお、執筆時点(2023年1月)ではRTX3090は値上がっており、23万円ほどするらしいのでだいぶいいタイミングで購入できたと思う。
これらのパーツはTSUKUMO Exで全て購入しその場で持って帰ったが、雨が降っていたのもあり非常に大変だったので車で運ぶか、届けてもらうかした方がよかったと思っている。
組み上げ
午前中に買いに行ったので午後~夜の時間に一気に組み上げた。休憩時間含め合計で7~8時間ほどかかったと思う。 手順としては次のように行なった。
- CPUをマザボに取り付け
- メモリをマザボに取り付け
- M.2 SSDをマザボに取り付け
- CPUクーラーのヘッドの取り付け
- PCケースにマザボを取り付け
- PCケースの前方ファンを取り外し、CPUクーラーのラジエータをケースに取り付け
- 電源ユニットにケーブルを取り付け
- 電源ユニットをケースに取り付け
- マザボと電源を接続
- 取り外したケース前方ファンをケース上部に取り付け
- ケース後方ファンをより強力なファンに取り替え
- ファンとマザボの接続
- 信号線の接続
- GPUの取り付け
- GPUと電源の接続
- ケースの各パーツを戻して完成
特にCPUクーラーのヘッドの取り付けは、取扱説明書が分かりづらく、YouTubeでも参考になる動画が2,3個しかなかったため苦労した。また、Fractal DesignのPCケースは非常に自由度が非常に高く、パーツの組み替えが色々できる分、自分の構成に合わせたパーツの組み替えを考えるのは少し苦労した。


中の配線がなんともセンスのない形になってしまっているが、組み上げ後は次のようになった。

配線誤りやCPUクーラーの動作などが不安だったが、1発で動作させることができた。

この日はOSのインストールは行わずBIOS画面で各パーツが認識されていることを確認した。
終わりに
自作PCは今回が初めてだったが、特にトラブルもなく組み上げることができた。互換性のないパーツを買ってしまったり、組み上げてから排熱や電力の問題で動かないことが心配だったので、実店舗の店員さんに相談をしてから購入に踏み切ったが、そのおかげかパーツの買い増し等はする必要がなく済んだ。
PC自作は思ったよりも簡単にできたので、今後も新調するときは選択肢に入れておきたい。
2019年をざっくり振り返る
2019年をざっくりと振り返ってみようと思います。今年は休学に留学といろいろと変化の大きい一年でした。
ちょうど1年前の2019年の抱負からみてみると
今年の抱負は
— こうきょ (@hiding_koukyo) December 31, 2018
・節制した生活を送る
・困ったら人に頼る
・欲張りすぎない
の3つでいこうと思います。
みたいなことを言っていたようなのですが、感覚としては
- 摂生した生活を送る → 全く節制した生活を送れた気がしない
- 困ったら人に頼る → まあまあかな・・・
- 欲張りすぎない → できたかどうか怪しい
と言った感じでした。どれも自分で自分の欠点だと思っている部分を直そうと設定した抱負だったのですが、なかなか人はすぐには変わらないということでしょうか。
月ごとに振り返り
1月
この頃にSansanでインターンをし始めました。表参道のオフィスはとってもおしゃれだったので週3(週2だったかも)で通うのは結構楽しかったです。Sansanはナッツ食べ放題という面白い制度があったので無限に食べていた覚えがあります。その他の記憶はありません。
2月
相変わらずインターンしていました。研究はいよいよ何しようかよく分からんと思っていた気がします。今でもよく分からんと思っているのでだいたいいつも思っているのかもしれません。
2月末に大学のプログラムでボストンにいきました。2月のボストンは死ぬほど寒かったですが、MITとハーバードに行ってちょっとモチベが上がった気がします。

3月
日本へ帰国するくらいのタイミングで、NABLASで働かないか、というオファーがきました。思っていたより条件がよく、期待されている働きができるか不安だったのもあって2週間返事を保留してもらい、その間に前年にお世話になったインターン先の人事の方々や親などに相談した覚えがあります。この時点ではちゃんと「困ったら人に頼る」の抱負を守っているわけです。
結果として、オファーを受けることにしました。割と大きな決断だった気がしますがこの時点で休学することは決めておりその間にインターンでもしようかと思っていた矢先だったので、ここで断っていても別の会社で似たようなことをしていた可能性はあります。
4月
大学院を休学し、フルタイムで働き始めました。この辺りの経緯は
で細かく書いています。
5月
KaggleでFreesoundのコンペに精を出していた覚えがあります。
仕事も慣れてきてオフィスの計算環境を整えるためにUbuntuインストールチャレンジとnvidia-dockerインストールチャレンジを10回くらいやった覚えがあります。
6月
KaggleではFreesoundのコンペで金メダルを獲得したのがこの頃だったはずです。チームメイトに恵まれいい経験となりました。

7月
あまり記憶はありませんが、留学準備に奔走していました。
8月
やはり記憶がありませんが、この頃ラクスパに行ってspaggleをしようとしたら全く集中できなかった覚えがあります。
留学前に有給を消費しようとして毎週水曜を休日にしていたのもこの頃だったはず。
9月
仕事にケリをつけ、欧州に旅立ちます。
最初の2週間は東欧を旅行していました。
バゲージロストから始まり、15キロの荷物を背負って6ケ国を移動するというもので結構きつかった覚えがありますが、いろいろと楽しかったです。今この時の総歩数を数えてみたら381,875歩歩いていたらしいです。一歩が0.5mだとしても190kmくらい歩いている計算です。
10月
ミュンヘンでの生活を始めました。
お役所関係の手続きがめんどくさくてストレスだったのと、初めてのひとり暮らしが思ったより楽しかった覚えがあります。
この頃、取ることが決まったコースの準備のために論文を読まなきゃと焦っていた覚えがあります。
11月
ベルンに友達といきました。

11月中旬は妙に穏やかな日々を過ごしていた気がします。
そこでのんびりしすぎたツケが回ってきて11月終わりくらいから二つ問題を抱えて焦り始めました。
一つは、ビザの申請を1ヶ月以内にしなければいけないこと、そしてもう一つは取っているコースの担当の返信が遅いのをいいことにあまり進捗を生んでいなかったのに危機感を覚えたことです。
12月
12月の頭は先述の問題でだいぶ慌てていました。
それが終わったくらいからまた別の授業関連でもやらなければいけないことが出てきて、と二つのプロジェクトベースのコースに四苦八苦して今に至っています。
担当の返信が遅い、件のコースは今でも切ろうかどうか迷っています。主な理由はその担当とのコミュニケーションに多大なストレスを感じるからなのですが、こういう経験は自分でも初めてなので戸惑っています。
来年はもう少し穏やかな一年を送りたいものです。
まとめ
今年は自分にとっていろいろと変化が大きい年でした。去年は自分の将来についてぼんやりとした不安を抱えつつ過ごすという一年だった気がしますが、今年は締め切りに追われながら目の前にある問題の前でウンウン唸っている時間が多かった気がします。
来年は修士3年目をやる年なので、しっかりと 腰を据えて研究をできたらなあと思っています。
バゲージロストから始まる異国生活
この記事は
この記事の後編です。
荷物を受け取る
前編では朝7:30に空港に電話で呼び出されたのでした。
朝9時より前か、朝10時以降かに来てくれ、その間はsuper-busyなので来ても会えないよ、的なことを言い残したおじさんに会うべく空港に来たのですが、待ち合わせ場所が分からず9時前に会うことはできませんでした。
どこかのカフェの前と言っていたので目に付いたcosta coffeeの前で20分くらい待っていたのですが、どうやら場所を間違えていたようです。ちなみにポーランドにはcosta coffeeというカフェがめっちゃあります。ワルシャワだけで10店舗以上見かけました。そのほかに多かったのはマックとスタバです。
おじさんに9時前に会えなかったので仕方なく1時間ほど空港の中で過ごしました。その後もう一度電話がかかってきてMacCaffeの前という指定があったのでそこまで行き無事に荷物と対面できました!
荷物も特に中身がなくなったり壊れたりしている様子はなく、旅程も特に崩れなかったので最小限の被害でバゲージロストは乗り切れたのですが、空港で受け取れていなかったらクラクフの場所すら知らないAirbnbの宿で受け取ることになったかもしれないと思うと結構冷や汗が出ます。
ワルシャワ観光
ワルシャワ中央駅
荷物を受け取ったので早速ワルシャワ観光に出かけたかったのですが、夕方の電車でクラクフに向かうつもりだったので、ワルシャワ中央駅で高速鉄道のチケットを購入しました。
Eurail Passを使って43zloti(1300円くらい)なので高速鉄道としては相当安いと思います。
Barn Burgerで昼食
空港を出たのが11時、チケットを取れたのが12:30とそれなりに時間がかかったのでいつのまにかお昼になっていました。
Airbnbのホストにオススメされたお店のリストの中にBarn Burgerというハンバーガーショップがあり、気になったので行ってみました。なぜか開店が13:00だったのですが少し待つと入れました。
店内は広く、アメリカンな雰囲気がちょっとありました。
そこで食べたのはこれ、Sekret なんとか、みたいな名前のセットでしたが巨大なハンバーグがほうれん草とベーコンに挟まれています。
ハンバーグは粗挽き?で、骨の小片が少し混ざっていました。
これが見た目以上に大きく、3割食べるか食べないかくらいから満腹感を感じていたのですが周りのポーランド人は華奢な感じの女の人もペロリとこれくらいの大きさのハンバーガーを平らげていたので結構驚きました。
徒歩で旧市街まで
その後腹ごなしに徒歩で旧市街の方まで歩きました。
途中公園がありました。
公園の中には、無名戦士の墓と呼ばれるモニュメントがありました。
旧市街
旧市街はディズニーにありそうな建物が立ち並ぶ、綺麗な場所でした。
赤い城壁が印象的で、高い建物が多かったです。遠くにはスタジアムのようなものがありました。
その後バルバカン
を抜け、新市街を通ってワルシャワゲットー跡地の方まで歩いた後、引き返して駅まで歩きました。
途中教会がたくさんありました。
クラクフへ
4時間ほど歩き回っていたのでワルシャワ中央駅にたどり着いたのは5時ごろでした。
高速鉄道は6:45の便を予約していたので駅で1時間半ほどコーヒーを飲みながら過ごしました。外は雨が降っているようでした。
電車に乗ること2時間半、クラクフに到着しました。電車はほぼ新幹線のような乗り心地で、途中一回フリードリンクのワゴンが回ってきました。
また、車内でチケットやidの確認がありました。ポーランド人はスマホでチケットのQRコードを見せている人が多かったです。
クラクフ中央駅に着いたのは9時ごろで、人通りも少なくなっている頃でしたが宿までの道はあまり危険を感じることはなく治安は良さそうでした。
途中馬車が走っていました。
宿はやはりAirbnbでとったところでしたが結構いい感じでした。
その後旧市街の方へでて夕食を食べましたが、24時までやっているところも多く店を選ぶのに苦労はしませんでした。
安めのところで食べたのですが、肉が甘い味付けで結局食べきることができませんでした。
同じものを注文したおじさんと苦難を分かち合いながら食べ、ポーランド旅行1日目を終えました。
バゲージロストから始まる異国生活〜出発-ポーランド初日
この記事は?
留学前に2週間かけて東欧を回る旅行の計画を立てていたら、開幕早々バゲージロストにあって計画が総崩れした話です。
〜出発まで
準備
2週間あちこち歩き回るということでバックパックに全て詰めることにしました。
旅行後そのまま留学先に向かうつもりなので留学中に必要な荷物は後でEMS便で送ることにして旅行中は最低限の荷物を持っていくことにしました。
とはいえ2週間はそれなりの期間なので服を2〜3日分も持てばバックパックもなかなかパンパンになってしまいました。そのほかにEMSで電子機器を送るのはまずいと考えたので、MacBook, iPadなどを入れていたのもあって荷物としては〜15kgほどになってしまいました。
機内持ち込み荷物の罠
これが確実にいけなかったのですが、機内持ち込みの容量を確認したのが出発前日でした。
アエロフロート1では機内持ち込みは50×40×25サイズ、10kgまでとなっています。
このほかにPCなどを入れた5kgまでの荷物ならさらに持ち込みが可能とのことなので主に電子機器をわけて肩掛けのカバンに入れました。
カバンといっても買い物袋みたいなやつなので防犯性などは低くあまり良くないとは思ったのですが重量を下げるためにやむなくPC、iPad、kindle、その充電器類、機内で読む本などを詰め込みました。結果としてこちらの荷物も5kgほどにはなりましたが重量の問題はクリアできました。
ただサイズがややオーバーする問題が残っていました。制限のうち50×40×25というものがありましたが、最短辺が28cmほどあったのです。出発前日ということもあってこの時は深く考えずに放置することにしました。
バックパック、没収
出発当日は、ボーディング待機のところまではすんなりといけました。ところが、搭乗ゲートで待っていた時にキャビンアテンダントの方に声をかけられサービスカウンターまで連行されました。どうやら荷物が大きすぎると思ったようなのです。
サイズを図られ結果としてやや大きすぎるので荷物を分割してサイズを縮めるか預け荷物にするかの二択を迫られました。
バックパックの最短辺は圧縮しようにもやや無理があったのでやむなく預け荷物にしました。この時、確かにワルシャワまで送るということを言っていたので若干安心したのですがこれがいけなかったようです。
結果としてバックパックは預けになったため、手元に残ったのは肩掛けカバンとパスポートなどを入れたウエストポーチのみです。
ウエストポーチには財布と常備薬、それにパスポートと搭乗券を、肩掛けカバンには
それとバックパックから移したモバイルバッテリーが残されていました。
その他のものはバックパックに残したままだったため
などは残してありませんでした。
飛行機
特に書くことはありませんが機内食の様子を撮ったので載せておきます。
荷物を失う
着陸〜バゲージロスト
ワルシャワのフレデリクショパン空港に到着してから荷物回収まではすんなりと行けました。
ところが、ターンテーブルのところに行って待つこと数十分、自分の荷物が見つかりません。
周りの同じ便だった客はさっさと荷物を見つけて出て行き、自分の荷物が回っているはずのターンテーブルでは他の便の荷物がどんどん追加されていく始末です。
他の便の荷物が4便分ほどはけた頃、ついに諦めてバゲージロストを申告することにしました。
受付のおじさんは慣れた様子で、書類への記入を促してくれたのですが記入する必要があった3箇所のうち2箇所が微妙に書きづらい...
名前はいいとして、旅行中の住所に関してはAirbnbで取った宿でしかも別の都市にあるため書くかどうか悩みましたが仕方なくとりあえず書いておきました。
また、電話番号を書く欄もあったのですがSIMがロストしているので書けず、こちらは後で連絡するということになりました。
SIM購入
申告が済んだ後真っ先にやったことはSIM購入でした。空港内の売店で5zloti(150円ほど)で6GBの通信容量のSIMを買いました。
ところがSIMを交換しようとしてもSIMトレーを開けるピンがありません(これもバックパックにはありました)。たまたま持っていたボールペンのペン先などで散々試した後、SIMを買った売店のおじさんに聞いたら首にかけていたピンですんなり開けてもらえました。
そのあと届いたポーランド語メッセージをgoogle翻訳にかけたり(空港のwifiに助けられました)、playという通信ネットワークサービスのAPN設定について調べたり2して最低限スマホが使えるようにしてからAirbnbでとった宿に向かいました。
宿
宿までの道
空港からは175番バスに乗りました。ワルシャワのバスは有効時間の設定されたチケットを購入する方式のようです。
zone1(市内)とzone2(市外)に行けるチケットは少し高めに設定されていますが、zone1+2の90分チケットで7zloti(200円ちょっと)なので安めな印象を持ちました。
宿にて
宿ではバゲージロストの書類に書けなかった電話番号を連絡したりしたあとシャワーを浴びてすぐ寝ました。
いい部屋だったのですが、写真を撮る気になれなかったので写真はありません。
その後
コンビニで買い物
歯ブラシすらなかったので朝早めにおきて買いに行きました。
近くのコンビニで歯ブラシと朝ごはんを手に入れたのであと半日は生きられる。ポーランドではコンビニはzabkaというらしい。
— こうきょ (@hiding_koukyo) 2019年9月17日
コンビニは朝6時から空いているようでした。朝ごはんはサンドイッチでしたがこれはあまり美味しくなかったです。
連絡が来る
7:30くらいになって電話がかかってきました。なんでも9時くらいに空港に着くので取りに来いとのことでしたので向かっています。
どうなることやら、、、


















