ハネムーンでバリ島のリゾートホテルに泊まってきた

ネムーン企画

入籍してしばらく経った2022年の12月半ばごろにハネムーンの企画を夫婦で行った。

コンセプトは「リゾートホテルでダラダラすること」。大学生の頃に家族旅行でプーケットを訪れたときのリゾートホテル体験がとても良かったので、それをまた体験したくなったという理由だ。 企画を夫婦で行ったと書いたけれど、実際には気がついたら妻が旅行先やホテルの候補選定、日程調整や航空券の手配などを済ませてくれていて、後は意思決定さえすれば旅程が確定するようになっていた。さすが外コンのマネージャー、とても頼りになります。

ホテル選びは、

  • バリ島のNusa Duaエリアにあるリゾートであること
  • All Inclusiveのプランがあること

で絞り込み、その中でサービスや価格設定で比較をした。最終的には、毎日アクティビティがひとつ選べる一方で、インドネシア資本なので価格設定が良心的な、Samabe Bali Suites & Villasでハネムーンスイートを予約することになった。

www.samabe.com

SamabeではAll Inclusiveプランの中に、1日1つシグネチャーアクティビティと呼ばれる遊び体験をできる。たとえば、

  • 60分のマッサージ
  • カタマラン(双胴船)でのピクニック
  • ラクダ乗り体験

などがアクティビティには含まれる。

時期的には、GWの少し前から休みをとってGW中に帰ってくるような日程にすることになった。GWより少し前に出発することで航空券を安くすることができたり、混雑を避けられたりできる。帰りもGW中なので、万が一体調を崩したとしてもGW中にゆっくり回復できる。

1日目 - 到着 ~ Uruwatu寺院へ

4/26日の真夜中の便で羽田から出発して、クアラルンプールでトランジットし、バリ島へ向かった。デンパサール国際空港着は現地時間で12時ごろ。時差は1時間なので、全部で13時間ほど移動にかけたことになる。

空港でSamabeの人にピックアップしてもらい、30分ほど車で移動してSamabeに到着した。写真を撮り損ねてしまったが、道中のあちこちにヒンドゥー教の神様の像があって面白かった。

Samabeのロビー入口

ロビーでチェックインを済ませた後は、バギーを使って部屋まで運んでもらった。

Welcomeドリンク

ロビーからの眺め

部屋はオーシャンビューで、広い風呂がついていたり、ミニバーがついていたりと快適に過ごせる工夫があちこちにあった。

youtu.be

部屋を一通り見て回った後は、部屋にランチを運んでもらった。All Inclusiveのサービスの中に、24時間いつでも要望をホテルに伝えることができるe-Butlerというものがあり、それを使って食べたいメニューを伝えると30分ほどで運ばれてきた。もちろんこれもAll Inclusiveに含まれているので値段も気にすることがない。

初ランチのmi goreng

その後、初日のシグネチャーアクティビティとして、Uruwatu寺院で夕日を眺めるツアーに行った。ホテルが手配した車で1時間弱ほどでUruwatu寺院に着き、同じくハネムーンで来ていたアメリカ人夫婦と一緒にUruwatu寺院を巡った。

Uruwatu寺院の碑

Uruwatu寺院の鐘

Uruwatu寺院は崖っぷちにあるため、崖からの景色がとても良かった。

Uruwatu寺院からの景色

多くの観光客が見に来ていてとても賑わっていたが、食料品と交換する目的で観光客から帽子やスマホ、メガネなどを奪うサルが寺院の敷地のあちこちを徘徊していて常時警戒をしている必要があった。

Uruwatu寺院のサル

残念ながら夕日を見る前に雨が降ってきて避難したため、夕日を見ることはできなかったがあちこちでサルの様子を観察できて面白い体験だった。

初日はフライト後でとても疲れていたので、Uruwatu寺院から帰ったあと、All Inclusiveに含まれないマッサージを受けた。マッサージはBalinese, Swedish, Japaneseなどいくつかの種類から選べるものだったが、オイルを使うBalineseマッサージをお願いした。

マッサージに使うオイル。ラベンダーやレモングラスなどが選べた

その後、ホテルのレストラン "Rempah Rempah"で夕食をとった。Rempah Rempahではステーキやロブスターなど一般的なレストランでも出るようなメニューから、nasi gorengなどの現地料理まで様々なメニューがあった。昼間に食べたmi gorengがとんでもない量だったことから2人でそれぞれひとつずつメインの料理を注文すると食べられなくなりそうだと察して、メインディッシュ一つとサイドディッシュ一つ程度に済ませておいた。

Rempah Rempahのメニューの例

フォアグラバーガー

外から見たRempah Rempahの様子

2日目 - Wedding photo撮影

2日目はWedding photoの撮影が朝の9:30に入っていたので、朝の7時に起きて朝食をとった。朝食はビュッフェと注文して作ってもらえるアラカルトメニューの両方があった。

朝食ビュッフェの様子その1

朝食ビュッフェの様子その2

朝食のアラカルトメニュー

その後、迎えにきた現地フォトグラファーの人に連れられて車で5分ほどのGegar Beachに行きWedding photoの撮影をして貰った。

balitourphoto.com

Wedding photoその1

Wedding photoその2

Wedding photoその3

こんな感じの写真を1時間ほどかけて何枚もとってもらった。

この日はそのあと13:00からシグネチャーアクティビティのカタマラン(双胴船)ピクニックの予定が入っていたので、その後はしばらくプールサイドでダラダラしていた。プールサイドでもe-Butlerを通じて食べ物や飲み物を頼めるようになっていたり、ちょっとしたバーカウンターがあったりしてとても過ごしやすい場所だった。

プールサイドの様子

プールの様子

その日は風があまり吹かなかったのでカタマランピクニックはキャンセルになってしまった。その分のシグネチャーアクティビティは別日にフットマッサージをやってもらうように変更してもらい、その日はその後ビーチに移動して、シュノーケリングカヤック乗りを楽しんだ。

3日目 - Tulanbenでダイビング

3日目はホテルの外に出てダイビングに行く予定があったので、朝の5:30に起きて体験ダイビングのお店の人にピックアップしてもらった。朝食はホテルに頼んでお弁当を用意してもらい、ダイビングポイントに移動する道中で食べた。

moglindo.bali55.com

ダイビングポイントはバリ島北東部のTulanbenというところで、ホテルは島の南端にあったため3時間ほど車で移動をすることになった。

ホテルからTulanbenまでの経路

Tulanbenはダイバーの間では世界的に有名なダイビングポイントということで、多くのダイバーが集まっていた。第二次世界大戦の時に日本軍の魚雷攻撃を受けたアメリカの輸送船リバティ号が岸からすぐのところに沈没しており魚の住処になっているためとても見応えがある場所だった。

ダイビングの様子

漁礁となったリバティ号

沈船と熱帯魚

途中で、自分の背負っていた酸素ボンベがエア切れになり、ガイドさんの副レギュレータを使うことになるというヒヤリハット体験もあった。後で聞いた話だが、ダイビングのライセンスを取る際にはエア切れを起こしたときのプロトコルというのもあるらしく、今回はまさにそれを使うことになったということだった。ダイビングは4回目だったが、残圧の確認など基本的なことをちゃんと知っておかないといつか事故に遭いかねないと感じ、ライセンスをちゃんと取ろうと思い立った。

ダイビング中

チンアナゴ

ダイビングはお昼過ぎに終え、Tulanbenのレストランで食事をとった後、同じ道を辿ってホテルまで戻り、夕食をとった。その後、またシグネチャーアクティビティでBalineseマッサージを受けて、ホテルについているバーに立ち寄った。

バーの様子

バーで注文したカクテル

4日目 - プールサイドでダラダラ ~ Cave dinner

4日目は夜までは特に大きな予定もなかったので朝からプールに行って泳いだり、プールサイドで本を読んだりしていた。途中で2日目のシグネチャーアクティビティの代わりに予約していたフットマッサージをプールサイドでやってもらった。

プールサイドでダラダラする様子

その後、プールサイドでアフタヌーンティーを注文した頃に雨がポツポツと降り始めたので、プール脇のバーカウンターに移動した。

プール脇でアフターヌーンティー

プール脇のバーカウンターにて

この日は夜にシグネチャーアクティビティでCave dinnerというものを予約していた。Samabeが所有するプライベートビーチにちょっとした洞窟があり、その中でディナーを食べられるというサービスだった。

洞窟内の様子

ディナーはコースになっており、スープや前菜、メインはいくつかのオプションから選べるようになっていた。メインでは肉も魚介も楽しみたかったので、ロブスターとステーキのプレートを頼んだ。

メインのロブスターとステーキのプレート

デザートにはもち米にマンゴーシロップがかかったものが出てきた。なかなか日本では味わうことがない味だったがとても美味しかった。

デザート

5日目 - ラクダ乗り体験とKoral restaurant

5日目も午後にシグネチャーアクティビティでラクダ乗り体験があること以外は特に予定がなかったのでプールサイドでダラダラとしていた。そろそろホテルのレストランにも飽きてきたところなので、e-Butlerを通じてふたつ隣のホテル "The Apurva Kempinski"の中にある水槽の中のレストラン "Koral Restaurant"を予約した。

ラクダ乗り体験はビーチでできる体験だったのでエレベーターを使ってビーチまで降りた。

ビーチに行くためのエレベーター

遠くから見たラクダ乗り体験の様子

ラクダで移動する様子

ラクダのご尊顔

その後夜までは適当に過ごし、レストランの予約の時刻が近くなったタイミングでSamabeのバギーを使ってThe Apurva Kempinskiまで運んでもらった。The Apurva Kempinskiはロビーが非常に荘厳な作りになっていて思わず呆気に取られてしまった。

www.kempinski.com

Kempinskiのロビーの様子

写真からだとわかりづらいがロビーは非常に天井が高く、寺院のような構造物があちこちに立っていた。

Kempinskiのロビーの構造物

また、Kempinskiはロビーが崖の上にあり、そこから階段状にスイートが配置されていて、崖の下にレストランやプールなどが配置されている構造になっていてとても見応えがあった。

Kempinskiのロビーからの眺め

Koral Restaurantは崖の下のプールの脇の地下に潜ったところにあり、入るとすぐ魚でいっぱいの水槽が目に入る作りになっていた。

www.kempinski.com

Koral Restaurantの水槽

食事はいくつかコースがあり、ワインのペアリングもできるようだったのでペアリング付きのシーフードのコースを頼んだ。味もさることながら、インスタ映えを意識した演出が効いていた。

Koral Restaurantのスターター

コースの最初の料理。カニが美味しかった

サーモンの料理

メインのエビの料理

水槽の整備をするダイバーさんが泳いでサービスショットを撮らせてくれる一幕もあった。

Koral Restaurantのダイバーさん

いちごのデザート

6日目 - Bali collectionでショッピング

6日目は帰国の日だったので朝に最後のシグネチャーアクティビティとしてマッサージを受けて12:00にチェックアウトを済ませ、荷物をホテルに預けてホテルから15分ほどのところにあるBali Collectionというショッピングモールに向かった。

Bali Collectionはフードコートなどもある大きな商業施設だった。まずはお昼にnasi campur (ナシチャンプルー)を食べた。ダイビングのお店の人が言っていたのだが、この「チャンプルー」という言葉は沖縄のチャンプルーと同じ意味らしく言語的に似通う部分があるそうだ。

ナシチャンプルー

残念ながらお店の様子は撮り損ねてしまったのだが、バリ島のお土産を売っている様々な店や外資系の企業の免税店などが立ち並んでいた。バリ島のお土産としては、高級コーヒーとして知られるコピ・ルアクや美容系のオイル、香りの良い石鹸、バティック柄の服などがある。

あちこちのお店を見て回り、それらのお土産を買い集めた。

買ってきたお土産

その後一度タクシーでホテルまで帰り、ホテルの送迎用の車で空港まで送ってもらった。タクシーでホテルまで帰る際に軽くトラブったのだが、バリ島のタクシーは基本的に現金しか受け付けないらしく、途中で換金所に寄ってもらう必要があった。

帰りの航空便は19:20にデンパサール国際空港を発ってクアラルンプール経由で成田に朝の7時半ごろに到着するものだった。特にトラブルもなく無事帰国し、成田空港の中の吉野家で朝食を食べたとき、1週間ぶりの日本の味が少し懐かしかった。

帰国して最初の食事

6日間を振り返ってみると、とてもリラックスができて良い旅行だった。リゾートホテルで贅のかぎりを尽くした生活を経てお腹はだいぶ出てしまったが、すっかりリフレッシュされて今年も後7ヶ月頑張れる気持ちになった。

PC自作をした話

以前使っていたマシンのGPUが壊れてしまったのでGPUだけ差し替えてみたが、どうやら他の箇所も壊れてしまっていたようで、差し替えてすぐにやはり動かなくなってしまった。

新しく買ったGPUは壊れていないはず、ということでそれ以外のパーツを揃えて新しいGPUマシンを作ることにした。前のマシンもGPU以外の部分は正常に動作しており、スペックもそこそこだったため、廃棄をせずにCPUマシンと使い続けられるというわけだ。

スペック要件の設定

以前のマシンとほぼ同等程度のスペックを維持しつつGPUが使えるマシンを組み上げたかったため、各パーツについてそれぞれ次のようなことを考えた。

  • CPU
    • 以前のマシンがIntel Core i9の10コア20スレッドのものだったため、同程度か少しスペック落としたくらいのものが欲しい
  • GPU
    • 既に買っていたのでRTX3090で決定
  • メモリ
    • 以前のマシンは128GB RAMだった。今回のマシンは同程度あると嬉しいが、GPUマシンはDeep Learning用途に特化させてもいいと考えていたので値段と相談して64GBでもいいと考えていた。
  • その他

概ねの要件は以下のブログ記事のものと類似していたため、パーツ選びなどにおいてはかなり参考にさせていただいた。

wolfin.hatenablog.com

ちなみに検討初期においては上記の要件を満たすマシンをBTOなどで探すことも考えたが、光らない・Windowsの入っていないマシンというのはほぼ見つからず自分で組み上げる以外の選択肢がなかった。性能の良いGPUマシンはどうしても光ってしまうらしい。

パーツ選定

パーツ選びは上記のyagさんの記事を大いに参考にした。

また、パーツの互換性などの問題をチェックしてくれるこちらのサイトも大変役立った。

jisaku.com

最終的にはこちらのサイトを用いて決定した構成をTSUKUMO Exの店舗に持って行き、店員さんに確認してもらって購入するパーツを決定した。上記のツールでは排熱や電源、ケース内のスペースなどに問題がないという結果になっていても店員さんに見せるとかなりギリギリなのでこちらの方のパーツを使った方がいいというアドバイスをもらえてだいぶありがたかったので、自作PC初心者の方は最後は実店舗の店員さんに見せてもらうのがいいと思った。

購入したパーツは以下のようになった。

name type price
Fractal Design Define 7 Black Solid PCケース ¥24,480
AMD Ryzen 9 5900X CPU ¥60,500
MSI B550 UNIFY-X マザーボード ¥31,680
Crucial DDR4-3200 64GB メモリ ¥25,380
Western Digital Blue SN570 NVMe SSD 2TB M.2 SSD ¥24,300
Thermaltake TOUGH POWER GF1 1000W 電源 ¥20,980
Antec Symphony 360 CPUクーラー ¥14,980
Termalright TL-B14 140mm Fan ファン ¥3,608

これとグリスを入れて合わせて208,990円となった。マザーボードなどはより安価なEDGE WIFIのモデルが売り切れだったためやむなく少し値の張るものを買うことになった。また、CPUクーラーは結局光るものを購入することになったが、ライト用の電源を繋がなければ光らないようにできるので妥協した。また、既に購入済みだったGPUも一部が光るのでPCケースの外装がSolidタイプのものにして光を隠せるようにした。

RTX3090はAmazonで¥176,308で購入したもののため、合わせて¥385,298だった。なお、執筆時点(2023年1月)ではRTX3090は値上がっており、23万円ほどするらしいのでだいぶいいタイミングで購入できたと思う。

Amazon | 玄人志向 NVIDIA GeForce RTX3090搭載 グラフィックボード GDDR6X 24GB トリプルファンモデル【国内正規代理店品】GG-RTX3090-E24GB/TP | 玄人志向 | グラフィックボード 通販

これらのパーツはTSUKUMO Exで全て購入しその場で持って帰ったが、雨が降っていたのもあり非常に大変だったので車で運ぶか、届けてもらうかした方がよかったと思っている。

組み上げ

午前中に買いに行ったので午後~夜の時間に一気に組み上げた。休憩時間含め合計で7~8時間ほどかかったと思う。 手順としては次のように行なった。

  1. CPUをマザボに取り付け
  2. メモリをマザボに取り付け
  3. M.2 SSDマザボに取り付け
  4. CPUクーラーのヘッドの取り付け
  5. PCケースにマザボを取り付け
  6. PCケースの前方ファンを取り外し、CPUクーラーのラジエータをケースに取り付け
  7. 電源ユニットにケーブルを取り付け
  8. 電源ユニットをケースに取り付け
  9. マザボと電源を接続
  10. 取り外したケース前方ファンをケース上部に取り付け
  11. ケース後方ファンをより強力なファンに取り替え
  12. ファンとマザボの接続
  13. 信号線の接続
  14. GPUの取り付け
  15. GPUと電源の接続
  16. ケースの各パーツを戻して完成

特にCPUクーラーのヘッドの取り付けは、取扱説明書が分かりづらく、YouTubeでも参考になる動画が2,3個しかなかったため苦労した。また、Fractal DesignのPCケースは非常に自由度が非常に高く、パーツの組み替えが色々できる分、自分の構成に合わせたパーツの組み替えを考えるのは少し苦労した。

CPUを取り付ける様子

CPUクーラーの取り付けで苦労している様子

中の配線がなんともセンスのない形になってしまっているが、組み上げ後は次のようになった。

GPUの取り付け前

配線誤りやCPUクーラーの動作などが不安だったが、1発で動作させることができた。

BIOS画面で動作確認中

この日はOSのインストールは行わずBIOS画面で各パーツが認識されていることを確認した。

終わりに

自作PCは今回が初めてだったが、特にトラブルもなく組み上げることができた。互換性のないパーツを買ってしまったり、組み上げてから排熱や電力の問題で動かないことが心配だったので、実店舗の店員さんに相談をしてから購入に踏み切ったが、そのおかげかパーツの買い増し等はする必要がなく済んだ。

PC自作は思ったよりも簡単にできたので、今後も新調するときは選択肢に入れておきたい。

2019年をざっくり振り返る

2019年をざっくりと振り返ってみようと思います。今年は休学に留学といろいろと変化の大きい一年でした。

ちょうど1年前の2019年の抱負からみてみると

みたいなことを言っていたようなのですが、感覚としては

  • 摂生した生活を送る → 全く節制した生活を送れた気がしない
  • 困ったら人に頼る → まあまあかな・・・
  • 欲張りすぎない → できたかどうか怪しい

と言った感じでした。どれも自分で自分の欠点だと思っている部分を直そうと設定した抱負だったのですが、なかなか人はすぐには変わらないということでしょうか。

月ごとに振り返り

1月

この頃にSansanでインターンをし始めました。表参道のオフィスはとってもおしゃれだったので週3(週2だったかも)で通うのは結構楽しかったです。Sansanはナッツ食べ放題という面白い制度があったので無限に食べていた覚えがあります。その他の記憶はありません。

2月

相変わらずインターンしていました。研究はいよいよ何しようかよく分からんと思っていた気がします。今でもよく分からんと思っているのでだいたいいつも思っているのかもしれません。

2月末に大学のプログラムでボストンにいきました。2月のボストンは死ぬほど寒かったですが、MITとハーバードに行ってちょっとモチベが上がった気がします。

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MITの有名な建物、Stata Center

3月

日本へ帰国するくらいのタイミングで、NABLASで働かないか、というオファーがきました。思っていたより条件がよく、期待されている働きができるか不安だったのもあって2週間返事を保留してもらい、その間に前年にお世話になったインターン先の人事の方々や親などに相談した覚えがあります。この時点ではちゃんと「困ったら人に頼る」の抱負を守っているわけです。

結果として、オファーを受けることにしました。割と大きな決断だった気がしますがこの時点で休学することは決めておりその間にインターンでもしようかと思っていた矢先だったので、ここで断っていても別の会社で似たようなことをしていた可能性はあります。

4月

大学院を休学し、フルタイムで働き始めました。この辺りの経緯は

koukyo1213.hatenablog.com

で細かく書いています。

5月

KaggleでFreesoundのコンペに精を出していた覚えがあります。

仕事も慣れてきてオフィスの計算環境を整えるためにUbuntuインストールチャレンジとnvidia-dockerインストールチャレンジを10回くらいやった覚えがあります。

6月

KaggleではFreesoundのコンペで金メダルを獲得したのがこの頃だったはずです。チームメイトに恵まれいい経験となりました。

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Freesound Audio Tagging 2019で7位となり金メダルを獲得しましたの図

7月

あまり記憶はありませんが、留学準備に奔走していました。

8月

やはり記憶がありませんが、この頃ラクスパに行ってspaggleをしようとしたら全く集中できなかった覚えがあります。

留学前に有給を消費しようとして毎週水曜を休日にしていたのもこの頃だったはず。

9月

仕事にケリをつけ、欧州に旅立ちます。

最初の2週間は東欧を旅行していました。
バゲージロストから始まり、15キロの荷物を背負って6ケ国を移動するというもので結構きつかった覚えがありますが、いろいろと楽しかったです。今この時の総歩数を数えてみたら381,875歩歩いていたらしいです。一歩が0.5mだとしても190kmくらい歩いている計算です。

10月

ミュンヘンでの生活を始めました。

お役所関係の手続きがめんどくさくてストレスだったのと、初めてのひとり暮らしが思ったより楽しかった覚えがあります。

この頃、取ることが決まったコースの準備のために論文を読まなきゃと焦っていた覚えがあります。

11月

ベルンに友達といきました。

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ベルンは中世の街並みと風光明媚な景色が融合したいい場所でした

11月中旬は妙に穏やかな日々を過ごしていた気がします。

そこでのんびりしすぎたツケが回ってきて11月終わりくらいから二つ問題を抱えて焦り始めました。

一つは、ビザの申請を1ヶ月以内にしなければいけないこと、そしてもう一つは取っているコースの担当の返信が遅いのをいいことにあまり進捗を生んでいなかったのに危機感を覚えたことです。

12月

12月の頭は先述の問題でだいぶ慌てていました。

それが終わったくらいからまた別の授業関連でもやらなければいけないことが出てきて、と二つのプロジェクトベースのコースに四苦八苦して今に至っています。

担当の返信が遅い、件のコースは今でも切ろうかどうか迷っています。主な理由はその担当とのコミュニケーションに多大なストレスを感じるからなのですが、こういう経験は自分でも初めてなので戸惑っています。

来年はもう少し穏やかな一年を送りたいものです。

まとめ

今年は自分にとっていろいろと変化が大きい年でした。去年は自分の将来についてぼんやりとした不安を抱えつつ過ごすという一年だった気がしますが、今年は締め切りに追われながら目の前にある問題の前でウンウン唸っている時間が多かった気がします。

来年は修士3年目をやる年なので、しっかりと 腰を据えて研究をできたらなあと思っています。

バゲージロストから始まる異国生活

この記事は

この記事の後編です。

荷物を受け取る

前編では朝7:30に空港に電話で呼び出されたのでした。

朝9時より前か、朝10時以降かに来てくれ、その間はsuper-busyなので来ても会えないよ、的なことを言い残したおじさんに会うべく空港に来たのですが、待ち合わせ場所が分からず9時前に会うことはできませんでした。

どこかのカフェの前と言っていたので目に付いたcosta coffeeの前で20分くらい待っていたのですが、どうやら場所を間違えていたようです。ちなみにポーランドにはcosta coffeeというカフェがめっちゃあります。ワルシャワだけで10店舗以上見かけました。そのほかに多かったのはマックとスタバです。

おじさんに9時前に会えなかったので仕方なく1時間ほど空港の中で過ごしました。その後もう一度電話がかかってきてMacCaffeの前という指定があったのでそこまで行き無事に荷物と対面できました!

荷物も特に中身がなくなったり壊れたりしている様子はなく、旅程も特に崩れなかったので最小限の被害でバゲージロストは乗り切れたのですが、空港で受け取れていなかったらクラクフの場所すら知らないAirbnbの宿で受け取ることになったかもしれないと思うと結構冷や汗が出ます。

ワルシャワ観光

ワルシャワ中央駅

荷物を受け取ったので早速ワルシャワ観光に出かけたかったのですが、夕方の電車でクラクフに向かうつもりだったので、ワルシャワ中央駅で高速鉄道のチケットを購入しました。

Eurail Passを使って43zloti(1300円くらい)なので高速鉄道としては相当安いと思います。

Barn Burgerで昼食

空港を出たのが11時、チケットを取れたのが12:30とそれなりに時間がかかったのでいつのまにかお昼になっていました。

Airbnbのホストにオススメされたお店のリストの中にBarn Burgerというハンバーガーショップがあり、気になったので行ってみました。なぜか開店が13:00だったのですが少し待つと入れました。

店内は広く、アメリカンな雰囲気がちょっとありました。

そこで食べたのはこれ、Sekret なんとか、みたいな名前のセットでしたが巨大なハンバーグがほうれん草とベーコンに挟まれています。

ハンバーグは粗挽き?で、骨の小片が少し混ざっていました。

これが見た目以上に大きく、3割食べるか食べないかくらいから満腹感を感じていたのですが周りのポーランド人は華奢な感じの女の人もペロリとこれくらいの大きさのハンバーガーを平らげていたので結構驚きました。

徒歩で旧市街まで

その後腹ごなしに徒歩で旧市街の方まで歩きました。

途中公園がありました。

公園の中には、無名戦士の墓と呼ばれるモニュメントがありました。

旧市街

旧市街はディズニーにありそうな建物が立ち並ぶ、綺麗な場所でした。

赤い城壁が印象的で、高い建物が多かったです。遠くにはスタジアムのようなものがありました。

その後バルバカン

を抜け、新市街を通ってワルシャワゲットー跡地の方まで歩いた後、引き返して駅まで歩きました。

途中教会がたくさんありました。

クラクフ

4時間ほど歩き回っていたのでワルシャワ中央駅にたどり着いたのは5時ごろでした。

高速鉄道は6:45の便を予約していたので駅で1時間半ほどコーヒーを飲みながら過ごしました。外は雨が降っているようでした。

電車に乗ること2時間半、クラクフに到着しました。電車はほぼ新幹線のような乗り心地で、途中一回フリードリンクのワゴンが回ってきました。

また、車内でチケットやidの確認がありました。ポーランド人はスマホでチケットのQRコードを見せている人が多かったです。

クラクフ中央駅に着いたのは9時ごろで、人通りも少なくなっている頃でしたが宿までの道はあまり危険を感じることはなく治安は良さそうでした。

途中馬車が走っていました。

宿はやはりAirbnbでとったところでしたが結構いい感じでした。

その後旧市街の方へでて夕食を食べましたが、24時までやっているところも多く店を選ぶのに苦労はしませんでした。

安めのところで食べたのですが、肉が甘い味付けで結局食べきることができませんでした。

同じものを注文したおじさんと苦難を分かち合いながら食べ、ポーランド旅行1日目を終えました。

バゲージロストから始まる異国生活〜出発-ポーランド初日

この記事は?

留学前に2週間かけて東欧を回る旅行の計画を立てていたら、開幕早々バゲージロストにあって計画が総崩れした話です。

〜出発まで

準備

2週間あちこち歩き回るということでバックパックに全て詰めることにしました。

旅行後そのまま留学先に向かうつもりなので留学中に必要な荷物は後でEMS便で送ることにして旅行中は最低限の荷物を持っていくことにしました。

とはいえ2週間はそれなりの期間なので服を2〜3日分も持てばバックパックもなかなかパンパンになってしまいました。そのほかにEMSで電子機器を送るのはまずいと考えたので、MacBook, iPadなどを入れていたのもあって荷物としては〜15kgほどになってしまいました。

機内持ち込み荷物の罠

これが確実にいけなかったのですが、機内持ち込みの容量を確認したのが出発前日でした。

アエロフロート1では機内持ち込みは50×40×25サイズ、10kgまでとなっています。

このほかにPCなどを入れた5kgまでの荷物ならさらに持ち込みが可能とのことなので主に電子機器をわけて肩掛けのカバンに入れました。

カバンといっても買い物袋みたいなやつなので防犯性などは低くあまり良くないとは思ったのですが重量を下げるためにやむなくPC、iPadkindle、その充電器類、機内で読む本などを詰め込みました。結果としてこちらの荷物も5kgほどにはなりましたが重量の問題はクリアできました。

ただサイズがややオーバーする問題が残っていました。制限のうち50×40×25というものがありましたが、最短辺が28cmほどあったのです。出発前日ということもあってこの時は深く考えずに放置することにしました。

バックパック、没収

出発当日は、ボーディング待機のところまではすんなりといけました。ところが、搭乗ゲートで待っていた時にキャビンアテンダントの方に声をかけられサービスカウンターまで連行されました。どうやら荷物が大きすぎると思ったようなのです。

サイズを図られ結果としてやや大きすぎるので荷物を分割してサイズを縮めるか預け荷物にするかの二択を迫られました。

バックパックの最短辺は圧縮しようにもやや無理があったのでやむなく預け荷物にしました。この時、確かにワルシャワまで送るということを言っていたので若干安心したのですがこれがいけなかったようです。

結果としてバックパックは預けになったため、手元に残ったのは肩掛けカバンとパスポートなどを入れたウエストポーチのみです。

エストポーチには財布と常備薬、それにパスポートと搭乗券を、肩掛けカバンには

それとバックパックから移したモバイルバッテリーが残されていました。

その他のものはバックパックに残したままだったため

などは残してありませんでした。

飛行機

特に書くことはありませんが機内食の様子を撮ったので載せておきます。

荷物を失う

着陸〜バゲージロスト

ワルシャワのフレデリクショパン空港に到着してから荷物回収まではすんなりと行けました。

ところが、ターンテーブルのところに行って待つこと数十分、自分の荷物が見つかりません。

周りの同じ便だった客はさっさと荷物を見つけて出て行き、自分の荷物が回っているはずのターンテーブルでは他の便の荷物がどんどん追加されていく始末です。

他の便の荷物が4便分ほどはけた頃、ついに諦めてバゲージロストを申告することにしました。

受付のおじさんは慣れた様子で、書類への記入を促してくれたのですが記入する必要があった3箇所のうち2箇所が微妙に書きづらい...

名前はいいとして、旅行中の住所に関してはAirbnbで取った宿でしかも別の都市にあるため書くかどうか悩みましたが仕方なくとりあえず書いておきました。

また、電話番号を書く欄もあったのですがSIMがロストしているので書けず、こちらは後で連絡するということになりました。

SIM購入

申告が済んだ後真っ先にやったことはSIM購入でした。空港内の売店で5zloti(150円ほど)で6GBの通信容量のSIMを買いました。

ところがSIMを交換しようとしてもSIMトレーを開けるピンがありません(これもバックパックにはありました)。たまたま持っていたボールペンのペン先などで散々試した後、SIMを買った売店のおじさんに聞いたら首にかけていたピンですんなり開けてもらえました。

そのあと届いたポーランド語メッセージをgoogle翻訳にかけたり(空港のwifiに助けられました)、playという通信ネットワークサービスのAPN設定について調べたり2して最低限スマホが使えるようにしてからAirbnbでとった宿に向かいました。

宿

宿までの道

空港からは175番バスに乗りました。ワルシャワのバスは有効時間の設定されたチケットを購入する方式のようです。

zone1(市内)とzone2(市外)に行けるチケットは少し高めに設定されていますが、zone1+2の90分チケットで7zloti(200円ちょっと)なので安めな印象を持ちました。

宿にて

宿ではバゲージロストの書類に書けなかった電話番号を連絡したりしたあとシャワーを浴びてすぐ寝ました。

いい部屋だったのですが、写真を撮る気になれなかったので写真はありません。

その後

コンビニで買い物

歯ブラシすらなかったので朝早めにおきて買いに行きました。

コンビニは朝6時から空いているようでした。朝ごはんはサンドイッチでしたがこれはあまり美味しくなかったです。

連絡が来る

7:30くらいになって電話がかかってきました。なんでも9時くらいに空港に着くので取りに来いとのことでしたので向かっています。

どうなることやら、、、


  1. お分かりかとは思いますがアエロフロートで行っています。

  2. 探しても2012年くらいの情報しか日本語ではなかったので付記しておきますが、iPhone7では[設定]>[モバイル通信]>[モバイルデータ通信ネットワーク]で開いた一番上のモバイルデータ通信の部分をAPN: internet, ユーザ名: (空欄), パスワード: (空欄)に設定

修士課程を休職してスタートアップに転職しました

はじめに

半分釣りですが、概ねタイトル通りのことをしています。

一応決まり切ったわけではないのですが、今年の10月から交換留学制度を使って留学することになっていて、それまでの半年間休学してスタートアップで働いています。

勤務地は東大構内なのであまり大きく生活が変わったわけではないのですが、フルタイムワーカーとしてやり始めて一ヶ月ほど経ったのでその感想を残しておこうかと思います。

経緯

休学に至った理由を事細かに書くと長くなってしまうので1あえて詳細に書くことはしませんが、ざっくりいうと修士の期間が2年では足りないと感じたからです。

留学することが先にあったわけでもなく、元々は修士課程が短すぎるという感覚が先にあったので結果として休学→留学という流れになりましたが、半年留学してきて帰ってきてからはまたちゃんと修士課程に復帰して学生を1年やります。

修士課程が短すぎると言いつつ修士課程をやっている期間は変わらなくね?という話もあるのですが、自分としては休学と留学をしている期間も自分の勉強/研究のためになると考えているのでこの期間も含めて修士の学生をやっているという感覚です。

さて、その上でスタートアップで働き始めた経緯についてですが、休学を決めてインターンでもするかと思っていたときに誘われたから、というのが大まかな経緯です。

もともと休学期間中にはインターン(メンターがついている、研究要素が少し入っていそうなやつ)に行こうと思っていたのですが面識があった今の会社の社長からお誘いがあり、条件も業務内容もいいと感じたので半年限定という条件付きで働かせていただくことにしました。

業務について

受託のデータ分析や顧客企業の業務自動化の研究開発をしています。

自分は今二つのプロジェクトに関わっていますが、他にもいくつかプロジェクトが走っているようです。主力製品を軸にビジネスをする、というスタイルの企業ではないのでどのプロジェクトも受託中心のようです。

業務内容は「論文を読み、実装をする」に尽きていると言えます。その他にも自分のプロジェクトに関わる環境整備(GPUマシンのセットアップ・docker image作成など)もしていますが実際大したことはしていないので大きなものはやはりリサーチということになると思います。

環境について

10時 - 19時で仕事をしています。2一応当初は9時 - 18時で始めたのですが満員電車が無理だったので変えてもらいました。

オフィスは

このカフェがある建物の中にあります。いわゆるインキュベータ施設の中ということになります。

まだ創業して間もないのでオフィスの中は急ピッチで整えられている最中ですが、まさに期待していたようなスタートアップ感があってなかなか面白いです。

開発環境としては、貸与のPC(多分ある程度までは要望が通る)と手元に1070が入った小型のGPUマシンが何台か3 + GPUありのクラウド環境(必要であれば高性能なGPUありの環境も使える)といった感じです。

その他にもコーヒー飲み放題、お菓子食べ放題、技術書購入は全額補助、昼食代補助など、魅力的な職場環境作りにはかなり積極的な印象です。

1か月働いてみて

1ヶ月で判断できることはあまり多くないので今のところの印象の話になってしまいますが概ね満足しています。

項目順に書いていこうと思います。

環境・待遇面

環境に関しては上に書いたとおりですが、かなりいいと思います。その環境の良さに甘んじすぎず頑張ろうという気分になります。

待遇に関しても不満はありません。自分のスキルセットを考慮したうえでの相場感というものがあまりよく分かっていないのですが、妥当(というかやや多め)に貰っている気がします。半年限定という要素を加味するとかなり好条件だと思います。

仕事に関して

今のところうまく行っています。

1ヶ月やってみて感じたのは、受託のデータ分析プロジェクトの成否を決めるのは営業の腕とマネージャの期待値コントロールのうまさにかかっているところが大きいのではないか、ということでした。

これは何か炎上案件を目の当たりにしたとかそういうわけではなく、逆に今まで関わってきたあらゆるプロジェクトというもの(仕事であるかどうかに関わらず)と比べて最も平穏無事にやれていて、おそらくこの理由はプロジェクトスタート時の条件設定が良かったことに由来しているのではないか、という感覚があるからです。

生活に関して

大きくは変わっていませんが生活時間帯が規則正しくなりました。

4月までは週2で終日インターンをしていたのですがインターンがある日は朝6時起き4で、次の日何もない(大学に行って作業をするかもしれない)日は9時に起きるみたいな生活でしたが、今は朝7時に起きて夜1時ごろに寝る生活が毎日続いています。

忙しさに関しては修士の学生をやっている時と同じくらいでしょうか?1日8時間は仕事をしているので自由に使える時間は減るかと思っていたのですが、案外学生をやっている時の方が細かいタスクが割り込んできたりして時間に追われていた気もします。

多分ですが、学生の方がタスクをスケジュール上にどう配置するかの自由度が高い分調子に乗ってタスクを抱え込みすぎる傾向にあったのかなと思っています。

人間関係について

実際のところあまり社員が多くないので人間関係がこじれることも起きづらいですが、特に何もありません。

お互いに私生活には干渉せず、つつがなくやっていけています。

全体として

学部3年から修士1年にかけてだいぶタスクに追われたりして鬱屈とした日々を送っていた気がするのですが、ここ最近は比較的平穏な日々が送れています。

仕事に関しても毎日学びが多いと感じています。個人的に小さなチームで、1人が受け持つ仕事の範囲が広めである働き方をしてみたいと思っていたのでまさにちょうど望んでいた働き方ができています。5

一方で、リサーチという役割で働く上で自分にはアカデミックな実績がないのが痛いというのもひしひしと感じています。論文を読み、実装をするというサイクル自体はそれなりに回せているかとは思うのですが、アカデミックな実績6が伴っていないと人前に出たときなどになんとなく後ろめたさを感じてしまうのも事実です。今こうして学生に今後戻ることが確かな中でその点に関して実感を持って認識することができたのは幸運だったと考え今後の糧にしていきたいです。

留学という観点で考えると、今の職場は比較的英語を喋る機会が多い7のがよかったです。自分としては英語を話す機会は多ければ多いほどいいのでとても助かっています。

現状何よりも良かったと思っているのは、今後も学生をしばらくやっていく上で、社会人としての視点も今学ぶことができていることです。学生を終えて社会人になるというのはほぼ誰もが通る道ですが、社会人から学生へと回帰する人はそう多くありません。僕が休学してインターンをしようと思っていたことの理由のひとつには社会で何が求められ、何が大事なのかという視点を身に着け、それを研究に生かす8それが今まさにできています。

今のところは一旦休学をして働くという決断が大当たりだったというのが率直な印象です。

今後について

今後に関してはまだまだ不明瞭なことが多いです。とりあえず当面数ヶ月は今の会社で勤めつつ留学の準備をし、留学に行くところまではだいたい決まっているのですが、帰ってきた後どこに就職するか9といったことや、結局修士の研究で何を行うのか10という大きな問題は判断を先延ばしにしているだけでもあります。

その意味で今の平穏な生活はいつまでも続くものではないということを認識して緊張感を持って今後数ヶ月をいきていきたいと思います。


  1. 要望があればまた別の記事で書こうかと思います。

  2. ランチ休憩1時間含めです、念の為

  3. 手元に自由に使えるGPUマシンがいっぱいあるというのは実際のところかなりいいです。バリバリに高性能というわけでもないですがGPUメモリは8GBあるのでほどほどのモデルなら動作しますし、何より手軽に実験を行うことができます。個人的には分散GPUコンピューティングをやってみたい(が何もわかっていない)・・・

  4. 6時半だったかもしれないです。出社は9時半までにする必要がありましたが、埼京線が遅れるので9時ごろ出社するようにしていました。その上で自分は起きてから家を出るまで1時間半くらいなぜか掛かってしまうので早めに起きていました。

  5. 自分の受け持つ仕事としては、データの分析と関連技術の調査、スライド作成、必要であれば計算環境の用意や顧客との意見調整などです。

  6. 論文・発表歴などなど

  7. 英語の面接でインタビュアーをしています。

  8. 僕の研究室はテーマについて学生が各人で勝手に決めることになっています。研究としてやっていけるなら何をやってもいいので皆別々の研究をやっていこうとしますが、完全ソロプレイとも言えるわけで正直なところ自分には自分で自由にテーマを選びやり通すというのは辛いと思っていました。その上で一人でも研究テーマを選びやり通す力を身に着けるというのが学生期間を一年伸ばした大きな理由です。

  9. 今の会社もとてもいいですが、他の企業も見てみたいです。一点心配なのは帰ってくる頃の就活事情がどうなっているのか全くわからないことです。通年採用をやっているような企業を見ようとは思っていますが、そもそも経団連企業含めて通年採用になるという話もあるのでよくわからないです。

  10. 修士に来たからには研究をしっかりとやって成果を出したいという気分はあるのですが今のところ修士1年を使って何も成していない(というかちょっと手をつけてはすぐ目移りしてしまうみたいな感じで上手くいっていない)です。自分の好きなこと・やりたいことをやるといいよと指導教員の先生からは言われるのですが、それを一人でやり通すというのはとんでもなく難しいことな気がしてなりません。最近は博士課程に在籍していたり、博士持ちだったりする人と話す機会も多いですが、博士の方々はそういった訓練を積んできたわけで(と勝手に思っています)、勉強させてもらいたいと思っています。

GCI優秀者研修旅行【ベルリン編】

はじめに

この記事はGCI優秀者研修旅行のベルリン編です。

GCI優秀者研修旅行とはなんぞや?という方はこちらをご覧ください。

1日目 テーゲル空港-夕食

前回はパリから飛行機でベルリンに向かったという話で終わっていましたが、パリからベルリンのテーゲル空港までは意外と時間がかかりついた頃には夕焼けが見える頃でした。よくヨーロッパは狭いという話を聞くことがあるのですが、ベルリンはドイツの中でも東寄りにあるので、距離でいうと1000kmほどあるそうです。

日本でいうと本州の約半分を縦に移動する感覚でしょうか?個人的には鉄道でフランスの田舎やドイツの田舎を眺めながら行きたかったのですがここまで長距離だと難しそうですね。

テーゲル空港についてからは、3、4組に別れてUberでホテルに向かいました。この旅行、今までの記事には書いていなかったのですが最初から最後までUberにかなりの頻度でお世話になりました。Uberの運転手も国によって色があるという印象で、フランスは賑やかな方、ドイツは静かな方が多かったです。僕の組ではなかったのですが、ほかの組だと運転手さんから少し遠回りするルートを通る代わりに少しお金を弾めば良いところを見せてもらえる、といったオファーを受けていたところもあったらしく、戦勝記念塔を見ているところもありました。

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戦勝記念塔

その後ホテルでしばらく待ってから、夕飯に行きました。夕飯は本場のドイツ料理店が食べられるところだったのですが、ドイツではじゃがいもがメインディッシュになり得ることを知らずに料理を頼みすぎて酷い目に会いました。その後松尾先生の提案で近場のラーメン屋に行きましたが、店員さんに日本人が多く遠い異国の地で店員さんと日本語と会話することができました。

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2日目- Merantix訪問

2日目は朝からAI系スタートアップ、Merantixを訪問しました。Merantixはベルリン市内にある社員数〜50名くらいのスタートアップで、メインの事業として自動運転の研究開発用シミュレータの開発を行っており、そのほかにも医療系画像からの自動診断などにも取り組んでいるようです。後から知った話ですが、Merantix自体はインキュベータとなっておりその中にいくつか事業を抱えていて、ある程度大きくなった時点で子会社化する、という経営手法を取っているとのことでした。

www.merantix.com


MerantixではCEOの方から企業における研究開発と大学における研究開発の違いにフィーチャした話を伺いました。CEOのRasmus博士は、ETHZ(チューリッヒ工科大)で博士を取っており元々研究者としてもやっていた方でしたが、Merantixを創業して現在は経営をやっているとのことでした。


話の内容自体はこちらのMediumの記事にまとまっていますので興味のある方は是非読んでみてください。

medium.com

その後は少し体調がすぐれなかったので一旦離脱したのですが他の人たちはまた別のインキュベータ施設を見に行っていたようです。

その夜は、オリンピアスタジアムでベルリン対ミュンヘンのサッカーの試合観戦をしました。

オリンピアスタジアムはヒトラー時代に建てられたということですが、かなり大きく立派な建物でした。

試合開始の1時間くらい前には現地入りしていたと思うのですが、すでに駅から競技場に向かう道には屋台が立ち並びザワークラフトやらカリーブルストやらビールやらを売っていて長蛇の列ができていました。

しばらく待ってから開場されたので入ったのですが比較的厳し目の荷物検査などがありテロを警戒しているのかな?と思いました。

自分たちはビールを中で買ったのですが1番大きいサイズは1Lでプラスチックの小さいバケツのようなものでドイツ人は飲んでいました。

スタジアムの中は上の写真のような感じでした。とにかくデカいの一言に尽きます。自分たちはミュンヘン側の観客席でしたが、ベルリン開催のためにミュンヘン側にもベルリン側サポーターの伏兵が紛れ込んでいました。


自分は普段特段にサッカーを見ないので詳しいことはわかりませんが、どちらのチームもとてつもなくハイレベルなのは分かりました。

その上でミュンヘン側が終始押し気味ではあったのですが、ベルリンの堅い守りを崩せずにしばらく攻防が繰り広げられちょっとした隙にベルリン側にボールが渡ったときに速攻でベルリンが点を取る、というパターンで結局ベルリンが勝ちました。

ベルリンのホームなこともあってベルリン側サポーターの治安があまり良くなく、ミュンヘン側が有利になったりすると盛大なブーイングが飛ぶなどサポーターを見ているだけでも楽しめました。

帰りの電車に乗るときに興奮しすぎたファン同士が乱闘をはじめかけて目の前で逮捕者が出ていたのが結構印象的でした。それだけ本場は加熱するということでしょうか?

3日目 -ベルリン観光-

3日目は土曜だったのもあって公式に訪問できるところがなかったので各人思い思いに過ごしていました。

僕は個人的に買い物をしたり観光をしたりとやっていました。

最後の日の食事はレストランに行ったのですが、そこで出されたワインが衝撃的な大きさでした。

ちなみに1番大きいものは5Lあるらしいです。幾ら幾らで買わないか?みたいに聞かれたのですが飲めなさそうだったので丁重にお断りしました。

まとめ

最後は日本に帰ってきたんですが、不思議なことに記憶が全くありません。

6ヶ月あいてのドイツ編投稿でしたが、やはりドイツは街並みの綺麗さや人の落ち着きが日本に近いものを感じました。

個人的にはイギリスの街並みが好きですが、ご飯の美味しさでいうとドイツが1番でした。

この研修旅行はスタートアップや、大学などを見てAI技術の社会実装をしっかりと目に焼き付けるという意味合いがあったのですが、プログラミングスクール(Ecole 42)やOECDなどにも行ったりと多面的な捉え方をできるように考えられていたと思います。

自分が将来どのような道に進むかはわかりませんが、この経験がなにがしかの影響を判断に与えそうだと感じました(事実、この後僕はMerantixの長期インターンに応募しています。残念ながら落ちてしまったのでその話はまた後日)